「全職員のがんばりで、1市4町4村合併の
   薩摩川内市がもうすぐ誕生します」
(H16 8月)

○事務は膨大な分量にのぼるのに参考になる具体的
な先例がないのが、今回の対等合併です。川内市の
合併の歴史をひもといてみると、近い例では39年前の
高城町との編入合併がありますが、事務に携わった
経験者はもういませんし、特別職が失職してしまう
対等合併の参考にはなりません。
対等合併に対する総務省の指針、佐渡市をはじめと
する先進地の視察、関連法規の三本を軸において、
仕事を進めてきました。
どのくらいの事務になるか、九市町村の現況調査だけ
でも、新聞を二つ折りにした大きさのA3用紙に換算し
て二万枚、段ボール箱で13個分になります。
現在は、九自治体から集まった102人で、新庁舎の
場所や議員定数など大きな項目で46、小さく分ければ
6644項目の総仕上げに取り組んでいます。

○先例がない意味での先頭走者の孤独は、裏を
返せば、鹿児島県で初めての新しさをつくりあげて
いくやりがいがあります。
合併の仕事についてからの日常は、毎朝6時15分
に役所に着き8時15分までの2時間を使い段取りを
考える、8時半まで助役、8時45分までは市長と
打ち合わせ、9時からは事務局の職員と一緒に戦闘
開始の繰り返しです。先進地への視察も合計10地区
になります。50年に1回の大革命、史上最大の作戦と
覚悟して望みましたから、土、日曜日もほとんど休んで
いません。合併に携わってから現在までの3年半で、
10年分の仕事はこなした気分がしていますし、
よくこぎつけた、奇跡的だったな、とも思います。

○「結果として概ね順調に来た理由は、川薩地区が
発展していくには合併しか選択肢はないと住民の
みなさんも考えていたからでしょう。個人的には
30歳から40歳まで広域行政を担当していた経験が
役立ちました。川内市だけではなく周辺自治体も
含めた地域の展望を描く仕事が長かった関係で、
八町村には知り合いが多く、意思のすり合わせも円滑
に進みました。
川薩地区が疲弊しないためには合併しかないとの
認識が九市町村にはいきわたっていたのではないで
しょうか。事務的な観点でいえば、予定を決めたら
締め切りを厳守することが大事。会合にしろなににしろ
引き伸ばさないのが鉄則です。
全職員ががんばりました。

○本番は合併後です。大胆な行政改革と住民決定
の両輪で発展を目指すために、校区や地区単位ごと
に新設する横断的な地区コミュニティー制度をいかし、
住民の意思が反映した街づくりを進めたい。
落ち着いて急ぐ、考えながら走るのが今後も続く
でしょう。
走馬燈ではなく、ロケットでもなく、次元を超えるワープ
の速さで飛び去っていく思い出にひたっている暇は
ありません。